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マロっちのお昼寝生活

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永久に・・・マロと共に。

      皆様、ご無沙汰しておりました。
      
      あの日から休業中の “マロっち・・・” でした。
      (このまま冬眠に入ってしまうのでは・・・という声も!?)
      その間もご訪問して下さった皆さん、
      お気遣いのコメントを下さった方々
      本当にありがとうございました。
      どんなに励みになったことか・・・
      感謝の気持ちでいっぱいです。

      “マロも私も元気です。” と言いたいのですが・・・
      変わってしまった生活。気持ちがまだまだ
      ついていかなくて・・・。  

      画像 742

      母が旅立ってから気が付くと季節も変わり、
      いつもの散歩道に実ったいつかの緑色の葡萄も
      すっかり色づいていました。
      “ばばちゃん”も今頃、虹の橋を一歩ずつ
      昇っているのかなぁ?
      なんて空を見上げたりして。      

      画像 734

      余りにも急な出来事に一番、戸惑っているのは
      母自身だったのかもしれません。

      ここから、長くなってしまうかもしれませんが
           お時間のある方、お付き合い頂ければ幸いです。
      
      母の最終的な死因は、MRSAと言われる院内で感染する
      多剤耐性菌感染による敗血症でした。
      ここに至るまでの経緯は多々有るのですが
      私の中では、なかなか納得し兼ねるばかりで・・・  
     
       
      画像 741
      (ばばちゃん、お留守番メイトありがとうね!) 

      前々回に遡るのですが・・・
      あの時、圧迫骨折で動けない事で救急車を要請し 
      10件目にして、ようやく受け入れられた病院へ
      入院したのでした。
      痛み止めを服用していた事による胃潰瘍も併発していました。
      胃潰瘍は検査の結果、痕跡あり程度に回復しているとの事。
      “一先ず、良かった。”と胸を撫で下ろすこと一週間。
      点滴をしながらも現状を保っていました。  

      ところが ある日、病院から電話が・・・
      耳を疑うような説明でした。
      “発熱があり色々な検査の結果、結核の疑いがあります。
      詳しい結果は数日掛かりますので、それまでは
      こちらで・・・”
      と個室状態で面会も厳重なマスク着用のもとでした。
      
      “結核って・・・?” どういうこと?
      圧迫骨折で救急要請したはずなのに・・・
      頭の中が真っ白になりました。
      そして数日と掛かる事なく翌日、病院からの連絡です。
      “やはり結核菌が検出されました。この病院には結核病棟が
      ないので早急に対応できる病院へ転院して頂く事に
      なるのですが、なかなか近くに対応可能な病院がないのです。”
      と提示された病院は自宅から2時間は掛かる東京の郊外。
      もう少し近くには・・・と検索してみたものの
      確かに減少した病気と視られた頃に病床を削減したり
      消滅させた病院が殆んどでした。
      療養を必要とする病気と有って環境を考慮した郊外にいくつか
      残っている状況にあるので感染者がまた増えだした昨今、
      病床不足になりつつある様です。
                   
      画像 735

      担当医師がもう一度照会して下さった結果、
      もう少し近い病院への転院が決まりました。
      とは言ったものの自宅から4回乗り換えで1時間半は
      掛かります。
      でも、そんな事は言ってられません。
      翌日には転院となりました。
      病院の車でも1時間以上掛かりました。
      その間、ずっと車椅子に座ったままの母は辛そうに
      そして何故、転院をしなくてはならないのか
      目まぐるしく変わる自分の身の状況について行けずに
      理解出来なかった様でした。
      この時の光景が今でも思い浮かび可哀想になって・・・
      
      画像 739

      ようやく病院へ到着。
      ここも とある大学病院の分院でした。
      専門病棟は年期の入った建物の隅の方に人知れずに
      有る様にも感じられました。
      ここの病床は60~70有るのでしょうか!?
      しかしながら、結構な数でベットは埋まってる様です。
      どこかで集団感染が有ったり、結核菌の保菌者は
      昨今 また増えているそうです。
      ただ保菌者の全てが発病する訳ではないので・・・
      昔、結核が蔓延したが時代が有り、恐らく
      母の若き日の時代なのでしょう。
      その頃の保菌者となった人達が高齢となり
      抵抗力や免疫力の低下、そして今回の私の母の様に
      他の病気などで弱ったところで発病してしまう
      ケースが多々有るとの事。
      でも高齢者ばかりか高校生の子や働き盛りの方も
      入院されて居る様でした。       
              
      画像 732
        (くっつきムシで足に乗っかって来ます。)

      これからの治療方針などについての説明と確認がありました。
      治療には大よそ入院で2ヶ月、退院後の投薬が6ヶ月。
      先が長いです。
      高齢者にとっては薬の副作用が出た場合にも
      厳しい状況に陥るケースが多々あるとの事でした。
      その時の延命治療の有無の確認など・・・
      “そんなこと今から考えとけって、どういう事なの!?”
      高齢者ゆえに延命治療はしない方針でって、
      なんでそんな事・・・?
      
      服用する薬は8~10種類を欠かさず1日1回。
      何らかの副作用は覚悟の上で、なのでしょう。
      痛み止めから胃潰瘍までなっていたいたので
      とても心配だったんです。
      でも薬は必要不可欠で飲み始めたら絶対に途中で
      止められない事。
      止めてしまう事で耐性菌と化してしまうからなのです。
      昔、結核は治療薬も充実しておらず“不治の病”とされた
      怖い病気でした。
      でも今は治療は大変でも問題が無ければ治る病気です。
      ただ発病したら約2ヶ月は隔離され菌の拡散が無くなるまでは
      元気な状態でも外には出られないのです。  

      画像 721

      幸い母の場合は1ヶ月余りで薬の効果なのか
      拡散が認められなくなり医師から結核に関しては
      今日でも退院しても良い状態だと聞かされました。
      しかし、大きな問題が・・・
      副作用からなのか母は食事も殆んど摂れなくなり
      静脈からのカテーテルを挿入していました。
      ただ退院した場合も続けなければならない沢山の投薬、
      嚥下機能も低下していて薬を飲めなくなるのが問題だと
      胃ろうを作るのが妥当と判断され承諾を余儀なくされたのです。
      その為の胃カメラによる事前検査が亡くなる4日前に
      行われました。
      “今日、胃カメラを行いました。”と夕方連絡が入り
      翌日(病院へは1日措きでした)面会に行くと・・・
      既に母の意識は混濁していて私が行った事も分からずの
      状態になっていたのです。
      病室に来られた看護士に“検査の際の麻酔でこの状態に
      なったんですか!?”と尋ねたところ、
      一言、“麻酔はしてません”その後、言葉は続かず
      出て行かれました。

      そして その後、医師の説明が・・・
      それは、静脈カテーテルからの菌の感染による敗血症を
      おこしてしまったのだということ。
      そして既に危険な状態にあることを告げられたのでした。
      何故こんな状態に陥ったのか、まったく理解できずに
      呆然として言葉も有りませんでした。
      “ばばッ!!”の私の声にも反応しなくなっていました。
      医師の話によると、院内感染によくあるMRSA(黄色ブドウ球菌)
      に感染したのだと。
      昨今、問題になった多剤耐性菌による院内感染の菌と
      種類こそに違いはあれ、これって院内感染じゃないの!?      
      確か3日前にはリハビリの先生が、お手伝いで
      “頑張って車椅子に乗れたんですよ!”と・・・
      帰りたい一心で頑張ったんだと思います。
      そんな信じられない状況から2日後の夜に
      母は、たったひとりで旅立ってしまいました。
      その日は、マロのことも気になり一度 家に戻って
      しまったばかりに連絡が来て駆けつけた時には・・・
      母には申し訳ないばかりで辛かったです。
      でも、こんな事になるなんて思っても居なかったであろう
      母が一番、辛かったに違いありません。              

      画像 722

      そんな悪夢をずっと見ている様な日々を過ごし
      ようやく今、虹の彼方に母を見送れる様な気がしています。
      (ほんとは、まだまだ・・・。)

      “じゃあ、またね!! 明日も来るの?”
      
      最期に交わした言葉でした。
      
      親っていいですよね!!
      いつまで経っても親は親です。
      病院でも私の事を心配していたとかで・・・
      両親が居なくなってしまうのは、やはり
      何よりも寂しい事です。
      母には感謝、感謝でしっかり見送りたいと思います。
      私の気持ちの整理は、まだ時間が掛かりそうですが
      いつも一緒のマロに助けられながら現実を受け止めて
      行こうと思うマロ母です。
      マロは、玄関のドアに向かって座り“ばばちゃん”の帰りを
      今も待っている様です。
      
      今回は、マロブログから離れてしまった上に
      長~い 間、お付き合い下さった方・・・
      ありがとうございました。 
      次回からは、また“マロっち”でお伝えしたいと
      思う次第です。

      家族の感染に対する検査は保健所で
        義務づけられています。
        私の感染は有りませんでした。   
        
          
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広い空の下で・・・。
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光~再び・・・。
術後の経過~これからへ
手術へ・・・母の思い
9月の災難・・・失明のの危機。
母に代わって・・・マロだよ。
時が過ぎても・・・。
今年もこの季節がやって来ました。
約束のない待ち合わせ。

Comment
257
骨折だと思っていたものが、こういった結果になり、
気持ちをどこにぶつけたらいいかもわからないですね。

こんな身近に、院内感染の問題が
あるとは思いもよりませんでした。
院内感染は、よくあること、高齢だから・・・。
では、済まされないことですよね。
一人の人間の命は一つなのに・・・。

改めて、お母様のご冥福をお祈りいたします。
マロマァマさん、ゆっくり心のケアをしてください。

258
何だか色んな悪い事が重なりましたね。
でも院内感染って・・・
どうしても受け入れたくない状況ですね。
ホントに気持ちのやり場がありません。
病院に対しても言い尽くせない事ばかりでしょう・・・。
マァマさんの気持ちを想うととても心が痛いです。
そんな事って・・・。
お母様本人が一番ビックリしたかもしれませんね。
だからマァマさんの事もとても心配でしょうね。
まだまだ時間はかかると思うけど
ゆっくりマロちゃんと共に取り戻してください。

私も改めて・・・
お母様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。





259
おはようございます

お体のほうは大丈夫ですか・・

マロちゃんは写真で元気なのわかりますから

思いをいっぱいぶつけてくださいね

まだまだそう簡単にそれも大変なことがいっぱい

あったのに・・

わりきったりできるものではありません

秋の空をながめながら マロちゃんと散歩しながら

ゆっくりゆっくり。。。。ね

260
ごめんなさい
読んでいて涙が止まりません
一番辛いのはこうやって経過を書いてくださっているマロマァマさんなのにね
次から次に色々あったんですね

夏に亡くなった伯母の49日の法要が昨日ありました
伯母は去年不治の病になり余命3ヶ月と言われていたそうです
それでも半年以上頑張り、時々会うだけの私達は全然知らなかったので突然の別れでした
昨日伯母の娘である私のいとこが言ってました
「余命3ヶ月と言われても全然信じられなかった、だから半年以上頑張って生きたけどまだ亡くなった事は受け入れられてない・・・」と
マロマァマさんも無理しないでください
ゆっくりゆっくり、マロちゃんと時間を過ごしてくださいね

261
夜分遅くにすいません<(o)>

とりあえず落ちつかれたようで何よりです
ばば様のご冥福を心よりお祈り申し上げます

262
e-487HANAさんへ

HANAさん、ありがとうございます。
本当に、こんな事が有るのe-3って思うような展開を信じられませんでした。
何がいけなかったのか、何をすれば良かったのか・・・
あの時に戻れたらって未だにグズグズしてしまいます。
多剤耐性菌の感染なんて頭の隅にも無かったから・・・
他人事じゃなかったんです。
病院って・・・v-236
色々、思うところは有るけれど 前を向いて行かなければ。ですね!
マロが居てくれてよかった!!って思う今日この頃です。がんばります!  

263
e-487プ~ママンさんへ

プ~ママンさん、ありがとうございます。
今も、帰って来るんじゃないかなんて勝手に思い込んだりして・・・。
目を瞑ると、色んな光景が浮かんで来ちゃうんですよねぇ。
それが、やっぱり一番 辛いところです。
帰れると聴いて希望も見えた矢先のことだったので病院でこんな事になるなんて
思いもしなかったし・・・。
後悔ばかりで・・・なかなか前に進めない状態でした。
でも現実を受け止めなければいけない時に来ているのも
事実なんだろうなぁ って・・・。
マロのこと心配してた“ばば”。今も“ばば”を待つマロ。
ずっと、大切な家族です。 これから頑張りますよ!!

264
e-487コタロウママさんへ

コタロウママさん、ありがとうございます。
やはり、これまでの事を思うと色んな事が思い出されてしまってe-263
やってあげられなかった事への後悔ばかりで。
これから先のことさえ見えなくなっていました。

家に居る時は今も、マロと三人(?)で お茶の時間をしてるんですよ。
マロは、おやつ狙いなんですけどね。
まだまだ時間が掛かりそうですが、少しずつ想い出を懐かしく思える日が
きっと来ると思います。
マロと共に頑張ります!

265
e-487めいさんへ

めいさん、ありがとうございます。
やっぱり、いくつになっても親を亡くすってことは辛いです。
本当に色んな事が有り過ぎて気持ちの方がついていけませんでした。
何だか病院に居る時の母が可哀想で・・・最後に手を振っていた顔を
今も思い出すと辛いです。

きっと、めいさんのいとこさんも とっても辛くて
押しつぶされそうな思いでいられるんだと思います。
余命を宣告されても それ以上に頑張ってこられたのもご家族の支えが
有ったからこそなんでしょうねぇ。
でも残された者は、事実を受け入れるには時間が必要なんですよね!
私もマロと共に頑張りますから!

266
e-487lilyぱぱさんへ

lilyぱぱさん、ありがとうございました。

急な展開に私も“ばばちゃん”も押し流されてしまいました。
“何故こんな事になったのか”“こんな筈じゃなかった”という
気持ちばかりで悔しいです。
今回、初めから最後まで何だか分からない事ばかりの病院医療でした。
あの日、救急車に乗った時から もう始まっていたんですよね!
そう思うと怖いです。医師不足と言うこれからは大丈夫!?
なんて事も思ってしまいます。
病院に居るから安心。という私の概念が一気に崩されてしまったのも
事実です。
そんな不安も感じながらも マロに支えられて頑張りますe-2

267
e-491コメントやv-424を下さった皆様へ

今回は、“お悔やみのお言葉”“お心使いの励まし”を頂き
本当に ありがとうございました。
どんなに 心の支えになったことかしれません。
ブログを始めて1年(祝1年とはいきませんでしたが)皆さんとの出会いが有りました。
“ワンコブログ”なのに、私事の長~い記事にもお付き合い下さって
本当に感謝しています。 有難うございます。
またボチボチのブログですがお付き合い頂ければ嬉しいです。
私も皆さんのところへ癒されにお邪魔させて頂きますので今後とも
宜しくお願い致します!


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プロフィール

マロマァマ

Author:マロマァマ
マロ
12才
3月生まれ
ジャイアント シーズー
出身:神奈川県


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